バンドを組んでいた頃、彼女の鼻歌をよく聞いた。
高校の軽音楽部止まりだったそのバンド――エコーが、日の目を見ることはなかった。彼女の曲を人前で演奏することはないまま、バンドのほうが死んだから。
部活のバンドはどこも有名曲のカバーが多くて、結局そっちのほうがキャッチーで盛り上がるし完成度も高いから、俺達も人前で弾いてるのはカバーが多かった。バンドのオリジナル曲を作ってる永句本人が「聞いてるひとも盛り上がれるほうがいいよ」と言うので、弾き手の俺と永久が断る理由などない。好きなアーティストのスコアブックを持ち寄って練習するのも、永句にとっては喜びで、俺は若干無茶だと感じていた。技量も志も、当時から進歩していない。
永句に付き合って週一でゲーセンに行く最中、彼女は知らないメロディを楽しそうに口ずさんだ。永久が「それ知らない」と訊くと、作ってる曲なのだと、譜面は起こしてる最中だけどエコーでやるのが楽しみだと、屈託なく話した。どんなときでも、歌う彼女の横顔は幸福そうだった。
「――、あ」
自宅でのパート練習中、ほのりから押し付けられた永句の新盤を聞いていると、不意に俺の手は止まった。大して真剣でもなかった練習を止めることは構わないが、さっきまで譜面を覚えようとしていた真剣さすら消し飛んでいた。
ささやかな音量で流れる旋律には、聞き覚えがある。
彼女の音楽は海にとっての水くらい、ありふれて目まぐるしい。歩く人の顔ぶれ、話すこと、天気、季節、気分、日付、何もかもが同一の今日が決してやって来ないように、まったく同じ音が聞こえてくることは今までなかったと聞く。その中から有限の時間を消費して書き出すものを選び、俺達にも聞こえる形にする。何にもなくても忙しないのだから、俺は漠然と、彼女はお蔵にしたものなんて見向きもしないタイプだと思っていた。
「……あー、いい曲、だな」
エコーで演奏することがなかった曲と同じ旋律が、自然な展開で別物になっていく。意識して一部だけを再利用ないし、再構成したのだろう。
俺達に渡されるはずだった音楽、何を見てこれを聴いたのだろう。使っていたバンドのスコアブックでも開いたのか。俺には知る由もない。
ただ、ぼんやりと。誰の足しにもならない賞賛が、一人の自室に響いて消える。
あのとき彼女の声で聴いた音には、言葉も俺のベースも、永久のギターものっていない。虚しさのある息苦しさに溺れるように、小さく、息を吸った。