つめたい真冬の水に浸かりながら、たくさんのことを思いうかべる。
お花畑のようにカラフルなケーキ、聞かせてもらったCDの三曲目、おさがりでもらった白い綿のワンピース、高校の花壇に咲いていたパンジーと紫陽花、校門の横にある桜と銀木犀、何度も読み返した小説の一文。
寒さに喉が震える。舌を軽く噛みながら、波をかきわけるように先へ進む。
痙攣しそうなまぶたに力をこめながら、思いだす。
心配そうにわたしをみつめる同級生の顔、西日をいっぱいに浴びてふくらむ教室のカーテン、部室の窓際を埋めるいっぱいの本と天体望遠鏡、わたしの顔を覗きこんでくる先輩や後輩たちの瞳、あのひとの葬儀に並んでいたひとたちの涙、暗い天井からぶらさがる細く白い脚、めくってもめくっても尽きなかった祈りの言葉、はじめてすべてを投げうってもそばにいたいと思ったひとたち、焼けるようにあつくなった自分の手足。
髪に水がしみこんで、頭皮をひっぱられるような重みを感じる。
心臓がうるさく鳴っている。たちどまって息を整えると、凍りつきそうな風が喉にはりついて、すこしむせた。真っ黒い水面がわたしの咳にともなって揺れる。
あぁ。どうしてわたしは、かなしくなれなかったんだろう。
わたしがもっとやさしかったら。うつくしかったら。かしこかったら。
ちがう選択が出来たかもしれない。
もう遅い。
ここまでずっと、わたしは間違え続けて生きてきた。
いかなくちゃ。
いかなくちゃ。
決断だったはずの言葉が、虚空への問いかけのように脳に響く。
力の抜けた脚が波にとられて、ばしゃんとその場に転ぶ。立っていても腰まで浸かっていたせいで、鼻や口に海水がはいってひどくせきこむ。口の中が辛くて苦しくて、やっとその場に立っても、前にも後ろにも進めそうにない。
いかなくちゃいけないのに。
どこにいくのにも、もうつかれた。
凪が心にひろがっていく。
――遠くで、カメラのシャッター音がした。
20210830 / 星花慰 top