白波
寝過ごした日曜日、起動に時間がかかる体を引きずってリビングに降りると、妹がピアノを弾いていた。 「……父さんたちは」 「あ、おはよう兄さん。お父さんたちは買い物」 「へぇ、そう」 双子の妹はきっちり服を着替えて髪もま…
続きを読む →寝過ごした日曜日、起動に時間がかかる体を引きずってリビングに降りると、妹がピアノを弾いていた。 「……父さんたちは」 「あ、おはよう兄さん。お父さんたちは買い物」 「へぇ、そう」 双子の妹はきっちり服を着替えて髪もま…
続きを読む →「今めちゃめちゃアツい曲があるんですよ」 通話作業越しの相手はそのように前置きし、「流していいでしょうか……」と問う。大学サークルの友人なのだが、画面を通すと敬語が抜けないらしい。ちょっとわかる。 「構わんよ」 向こ…
続きを読む →バンドを組んでいた頃、彼女の鼻歌をよく聞いた。 高校の軽音楽部止まりだったそのバンド――エコーが、日の目を見ることはなかった。彼女の曲を人前で演奏することはないまま、バンドのほうが死んだから。 部活のバンドはどこも…
続きを読む →店内に音楽を流すのはそもそも先代店主の趣味だ。僕自身は入った店で音の有無を気にしたりしない質だけど、お客さんのほうはそこで新たな芸術との出逢いも生まれるらしい。店内音楽にいちゃもんつけてくる人間がいないっていうのは、店…
続きを読む →星のように花が降り注ぐ、とはこういう景色を言うのだろう。聞き取る歌詞に一人頷きながら、大学への道のりを歩く。 昨日の雨で随分と散ったらしい。水に流されて綺麗なまま散った花弁が、排水溝を覆っている。毎年見られるそれに感…
続きを読む →その楽曲はツイッターでバンドのライブ日程を告知したあと、自分のアカウントに引っ込んで、何を投稿するでもなく、大して数もないツイートの群れを下からのぼっている最中に出てきた。 バンドを組んでいる二人のうち、片方がリツイ…
続きを読む →初めて彼女を観た夜、アコースティックギターを弾きながら歌う彼女の声は美しく、演奏もやはり綺麗だったが、そもそも僕はギターが専門外で、上手いけれど上手いということしかわからなかった。そこに至るまで何年ギターを持てばいいの…
続きを読む →才能は音楽を特段美しくしない、と彼女は言った。 彼女にとって、音楽はそれだけで美しい。 そう感じられることが、僕からすれば既に、才能だ。 晴れた春の休日、新宿の街を歩く。大きな目的はなく、時間の許す限り、道行く人…
続きを読む →売れない小説家が最期に海を見に行く、なんてエモいもんオレは見たこと無い。大体の奴が無いだろう。同じ電車に乗り合わせた人間のうち誰が売れない小説家で、人生全部に追い詰められてて、昔妻と行った海へ向かってるとか、そんな設定…
続きを読む →「ほんとに、歩くだけでいいの?」 靴下をビニール袋につめこみ、靴を手に持って波打ち際を一瞥して、おなじことをわたしより手ばやく済ませていた高嶋永句を振り返る。海を目前にはしゃいでいる永句ちゃんは「うん? そうだよ」と、…
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