憂綴る手

 売れない小説家が最期に海を見に行く、なんてエモいもんオレは見たこと無い。大体の奴が無いだろう。同じ電車に乗り合わせた人間のうち誰が売れない小説家で、人生全部に追い詰められてて、昔妻と行った海へ向かってるとか、そんな設定…

続きを読む →

波花

「ほんとに、歩くだけでいいの?」  靴下をビニール袋につめこみ、靴を手に持って波打ち際を一瞥して、おなじことをわたしより手ばやく済ませていた高嶋永句を振り返る。海を目前にはしゃいでいる永句ちゃんは「うん? そうだよ」と、…

続きを読む →

8:03

 高嶋永句はつくづく音楽に愛されている。  春のまるくやわらかな空気を連想させるピアノの音を聴きながら、ため息まじりに実感する。一昨日発表した新譜の一曲目、だけども既に何回聴いたかわからない。慣れた足取りで乗り込んだ通学…

続きを読む →

花菖蒲の独白

 昨日、彼女は早退した。昼休みに入ってすぐ、図書室で借りた本を返すと言って、教室を出て――チャイムが鳴っても戻らなかった。騒々しくサイレンを光らせたパトカーが数台校門の前に止まって、教室は不穏にざわめいていた。  副担任…

続きを読む →

00

 つめたい真冬の水に浸かりながら、たくさんのことを思いうかべる。  お花畑のようにカラフルなケーキ、聞かせてもらったCDの三曲目、おさがりでもらった白い綿のワンピース、高校の花壇に咲いていたパンジーと紫陽花、校門の横にあ…

続きを読む →

person/星花慰

三橋葵(みつはし・あおい) 秋雨叶多(あきさめ・かなた)  同級生 桔梗灰(ききょう・かい)    生徒会長 去篠和(さりしの・なごむ)   先輩 寿賀睦月(すが・むつき)    親類 千振翠(せんぶり・みどり)   近…

続きを読む →